魑魅魍魎と仏の間で....


最近はどうやらみんな起業して「成功」「結果」「成果」っていうのが流行りなのか。

私は….といえば、そういうことにほとんど興味はない。

少なくとも、そこで見かけるようなものには。

だって、何が結果とか成果なのか、なんてわからないし、どんな基準を持って

「成功」というのか、なんて考え始めたら、宇宙の果てまで行っても終点はない。

まるでそれじゃ打ち上げられたはいいけど、帰るためのプログラムを持っていない

宇宙船のようじゃないか、と思う。

何か一つ学び始めたら、確かにそれには終わりはなく、どこまでも続いていく

果てしのない旅であると思う。

違いは多分、その追い求めるものが、現世での肉体を持った渇望なのか、

魂の渇望なのか、ということじゃないだろうか。

ま、そうは言っても私たちは、肉体を持ってこの地球上に生きている。

魂の渇望のみ満たすことを求めれば、霞を食べて生きて行くわけにもいかず、

現世的な利益を一心不乱に追い求めれば「忙」、心を亡くしてしまうだろう。

渇望などというと今度は、それは「欲」だと言って断ずる人もいる。

この地上では、ちゃんと欲を持っていないと生きていけない。

食や睡眠、集団欲(誰かと一緒にいたいとか)を満たすことができたら、

次に来るのが人格の向上欲で、精神的にも、霊的にも向上したいと思うのは

自然の成り行きだ。

普通一般現代人はだから、その生物としての欲求が満たされて初めて、

心は、その先の見えない世界へと赴く。

そういう意味で、なんだかんだ言っても日本はほんとに平和だ。

自分は常々どこにも属せない人間だと思っている。

現世的な社会と、心の世界、見えない世界の間に棲息する者。

だからなのか、間〈あわい〉の時間を心から愛している。

夕暮れ、晦日、日曜日の夜、そして夜明け前

善も悪も、成功も失敗も、幸も不幸もなく、ただ、しんとした静けさの時間

魑魅魍魎と、仏の間〈あわい〉

悪魔と天使の間〈あわい〉

世間に流布する道徳は害だと思っているし、風紀委員でもないし。

(今でもある?)

結果を出すことや、成果を上げることが私の仕事なのではなく、

ただ〈あわい〉の時間を提供するだけだ。

そこで人々は安らいで、ただ命とともに在ることだけの時間を

過ごせたら、それでいい。

世俗の垢を落とし、文字通り、命を洗濯するのだ。

〈売り上げ〉とか、〈利益〉だって、どっちでもよくて、ただ、

流れていればそれでいい。

とても面白いと思うのは、お金も現世と見えない心の世界の、

両方に属しているってことで、

お金そのものは透明で、善もなければ悪もない。

綺麗とか汚いとか、色をつけているのは、人間の意識なのだから。

お金は水に例えられるけど、本当に成分で千変万華する水のようだと思う。

空が青ければ青くなり、曇り空なら灰色になる。微生物の宝庫で、

栄養豊かな水は濁っていて、

大型の魚や、とにかくたくさんの海の生物を養える。

汚水や、汚水が浄化された水…..飲めないけど使いようだ。

何はともあれ、流れの中にあるものは、澱まないし腐らない。

自然の流れさえあれば、多少汚れたところで、自浄作用がちゃんと起きるだろう。

人間もまた、そういうものなんだろうと思う。

前回の記事の続きみたいになってるな。

間の時間に踊る小鬼みたいのを添えて ↓

#女神の経済学

14回の閲覧