女神の暗号


今ちょうどセラピスト誌の次の号「結婚」について書いているところです。

結婚の秘密を辿っていくのって、すごく面白くて、男と女の関係性について、

何が揉め事や問題の根っこにあるのか、本質がよく見えてきます。

女神に関わっていて、こんなふうに女神のことを書く機会をいただいたり、

女神たちが「こっちだ、こっちだ」と言って次から次へと暗号を送ってくるように

思えてなりません。

先日観てきた旺季志ずかさん脚本の「天の河伝説」では、古事記の中から消された

瀬織津姫を題材とした素晴らしいミュージカルでした。これはもう、必見ですよ!

その中で、はっとしてがーーんとなったことについて、メルマガでも少し書きましたが、

私的なメモとして記しておきたいと思います。

古事記にもありますが、イザナミの黄泉下りの後、一人戻ってきたイザナギは 目や鼻を洗って神産みをします。

Wikipediaによれば 「イザナギはイザナミを探して黄泉の国へ赴くが、イザナミは変わり果てた姿に

なっていたため、おののいたイザナギは逃げた。

イザナギは黄泉のケガレを清めるために禊ぎをしたが、このときもさまざまな

神々が生まれた。

左の目を洗うと天照大御神(あまてらすおほみかみ)が生まれた。

右の目を洗うと月読命(つくよみのみこと)が生まれた。

鼻を洗うと建速須佐之男命(たけはやすさのをのみこと)が生まれた。

イザナギはに三柱の貴い子を得たと喜び、世界の支配を命じられた。」

なんということでしょう!

日本の主神たちは女性の子宮を経由せずに生まれていたのです。

これはギリシャ神話の女神、アテナの出自と一緒です!

しかも、エジプトでは「至高の太陽神はしばしば両性具有者であり、

太陽はその右の目、月は左の目であった。」というのです。

ギリシャ神話では、アテナも父ゼウスの頭から完全に武装して成熟した美しい姿で

生まれて、女の子宮を必要としなかったことは、ゼウスの正妻であるヘーラーの

自尊心をいたく傷つけて、結婚の女神ヘーラーは、復讐の女神と化したのでした。

アテナはキリスト教やギリシャ神話以前の、太古の中東あたりを治めた強力でもっとも

畏れられ、恐れられた女神です。またの名をアナトAnat(生命の力強さ)

天界の女王アナト、アシュラ、マリ、ミリアムとも呼ばれていました。

バーバラ・ウォーカーによればアテナ崇拝は遠く新石器時代(縄文時代)にまで遡り、 神々の生死までも支配しました。そのアテナがゼウスの頭から生まれて「父の娘」 となるギリシャ神話の時代までの道のりは、まさに女性性の女神の時代から

男性支配の世界への転換の道標のようなものでした。

日本では、どうやら持統天皇が自分の孫に皇位継承させるために、

藤原不比等に命じて古事記の改ざんを行い、男神と女神を入れ替えるなど、

(女神が右目で男神が左目、だから天照大神は男だって噂が絶えないし、女神の

象徴は月がおおかたの神話の共通言語だし)

無理やり辻褄を合わせたのではないかと言われています。

持統天皇恐るべしアテナで、デメテールですねw

父の娘、アテナである持統天皇は、父権制度を維持するために史実を変更したのです。

これぞ、女の敵は女ってところでしょうか。 イザナミが(女性の子宮から)産んだ子たちではなく、イザナギ(父親)から生まれた 子供達が日本を支配することになったという神話は、この頃すでに日本の女神、卑弥呼 の伝統はすっかり影を潜めていたってことがわかります。

内なる女神のワークでも、アテナは感情から遠く、戦略的すぎると言う理由で、彼女を 理解できない、と敬遠されることが多いのですが、そんな記憶がDNAのどこかに 潜在しているからなのかもしれません。

キリストは母の子宮を経由しましたが、マリアはセックスなしで処女のまま彼を産んだ

ことになっています(論争は様々ありますが)。

聖母マリアの前身は、太古の性と愛の女神アフロディーテであることから、マグダラの

マリアとの混同が随所にみられます。 ヨーロッパでは女神の存在が大きすぎて、女神やマリアの存在を消すことができなかった

のは、神話を辿っていけば明らかですが、それにしても、太古の女神の統治時代には、

父親という概念自体が存在していなかったので、誰が父親かなんてことは、

どうでもよかったのかもしれません。

世界の神話は、どんなに離れた場所の文明でも、同じことを言っているのが

わたしは不思議でならないのですが。これもユングの言う集合無意識なんだとも

言えますが、たぶんこれは、ノアの洪水以前、世界の大陸は今とは違う形をしていた

頃から来ているんじゃないでしょうか。アトランティスとか、レムリアとかのね。

イザナミとイザナギだって、海をかき混ぜて日本を作っていますから。

遷宮の時に、初めて伊勢神宮と出雲大社を訪れました。

出雲大社には、豊かな水と神の気配、命が生み出されるざわめきのような気配に、 自分の子宮のうずきも強烈に感じたものです。 高千穂までは足を伸ばしていませんが、宮崎でも、濃厚な水と命の気配を 感じました。だけど、伊勢神宮で感じたのは、パーンと開けた、清潔な抜けのいい空間で、

命の蠢きの気配ではありませんでした。ずいぶんと神様の質が変わったのかな、と

思い、少し困惑してしまいましたが、私には日本の神様を感じるセンスが

ないのだと思ってしまいました。

ちょうどそのとき大先輩サニヤシンのシャンタンと電話で話す機会があり、

私はそのことを訴えました。するとシャンタンは

「そりゃそうだ。伊勢神宮は祓いたまえ、清め給え、といって柏手打って、

すべての命を祓っちゃってるからね。あそこには神はいないよ」

と言うシャンタンの言葉が忘れられません。

女性性、女神たちは本当の価値を発掘されることを待っていると思います。 天の河伝説の最後に「よみがえれ!縄文の女神」と、出演者がみんなで叫んだ

シーンはまったく鳥肌もので、わたしはもう、クラクラしてしまったのでした。

時を超えて、次元を超えて、女神たちが呼びかけを行っているようです。

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